マッカーサー証言
昭和26(1951)年5月、アメリカ上院の軍事外交合同委員会で、ダグラス・マッカーサーが行った証言が‘再び’脚光を浴びている。
東京都が使用する教科書でこの証言が取り上げられたそうで、一部の人は大喜びである。
例えば
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渡部昇一・上智大学名誉教授の話「連合国から東京裁判の全権を委任されたマッカーサー自身が米議会で『日本の自衛戦だった』という趣旨の証言をしたことは、村山談話に象徴されるように東京裁判を背負ったままの日本にとって“超重大”であり、すべての日本人が知るべきことだ」
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ネット上でも概ね似たような反応が大部分で、そうでないのは極めて少ない。
しかし多ければ「正しい」少なければ誤り、というわけにはいかない。
その証言は「STRATEGY AGAINST JAPAN IN WORLD WAR Ⅱ」(第2次世界大戦における対日戦略Ⅱ)というもので、かなり長くここでは全文を紹介することは出来ない。そこでさわりの部分だけを英文と拙い(間違いを含んでいるかもしれない)日本語訳を載せることにする。
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STRATEGY AGAINST JAPAN IN WORLD WAR Ⅱ
Senator HICKENLOOPER. Question No.5: Isn't your proposal for sea and air blockade of Red China the same strategy by which Americans achieved victory over the Japanese in the Pacific?
General MACARTHUR. Yes, sir. In the Pacific we bypassed them. We closed in.
You must understand that
Potentially the labor pool in
This enormous capacity for work meant that they had to have something to work on. They built the factories, they had the labor, but they didn't have the basic materials.
There is practically nothing indigenous to
They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack a great many other things, all which was in the Asiatic basin.
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in
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The raw materials—those countries which furnished raw materials for their manufacture—such countries as Malaya, Indonesia, the Philippines, and so on—they, with the advantage of preparedness and surprises, seized all those bases, and their general strategic concept was to hold those outlying bastions, the islands of the Pacific, so that we would bleed ourselves white in trying to reconquer them, and that the losses would be so tremendous that we would ultimately acquiesce in a treaty which would allow them to control the basic products of the places they had captured.
The ultimate result was that when Japan surrendered, they had at least 3,000,000 of as fine ground troops as I have ever Known, that laid down their arms because they didn’t have the materials to fight with, and they didn’t have the potential to gather them at the points of importance where we would attack. We hit them where they weren’t; and, as a result, that magnificent army of theirs, very wisely surrendered.
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第2次世界大戦における対日戦略Ⅱ
上院議員 HICKENLOOPER 。 質問 No.5 :共産中国を海と空からの封鎖すべしとのあなたの提案は、アメリカが太平洋で日本人に対する勝利を取得した際と同じ戦略ではありませんか?
マッカーサー大将。 はい、議員。 太平洋で我々は彼らを迂回しました。 我々は包囲しました。
あなたは日本がおよそ8千万人という膨大な人口があり、4つの島にひしめいていることを理解しなくてはなりません。およそ半分は農民であり、他の半分は工場労働者でした。
日本が擁する労働力は潜在的に、量と質ともに、私が今までに知っていたことと比べてでも遜色はありません。
ずっと以前に彼らは、怠けているよりも働いて、建設しているときのほうが幸せであるという、いわば「労働の尊厳」なるものを知っていました。
この巨大労働能力は彼らが働くべき何かを持っていなければならなかったことを意味しました。 彼らは工場を建て、働く場所(または労働力)を持っていました、しかし原材料を持っていませんでした。
ほとんど絹産業以外日本に固有の産物は何もありません。
絹も、羊毛もない、石油も出ない、錫もゴムもない。その他非常に多くのものに欠けています、しかしそれらはアジアの海域あるのです。
彼らはもしそれらの供給が断絶されたなら、日本で1000~1200万人の人々が失業するだろうことを恐れました。 彼らが戦争を始めた目的は、従って、主として安全を確保するためでした。
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原材料 - 工業生産のために原材料を供給する国々 - マラヤ、インドネシア、フィリピンなどですが - 彼らは、それを確保すべく周到な準備と奇襲作戦で、それらの地に基地を設けました。彼らの一般的な戦略は、太平洋上の離島に要塞(拠点)を築くことでした。そこで、我々としては取り戻そうと言うわけです。しかし正面突破では犠牲が多すぎます。彼らが原料を日本に持ち帰ることはやむを得ませんでした。
こう事態に直面して、我々は全く新しい戦略を立てました。彼らの基地(拠点)は避け、そして彼らを地上にくぎ付けにすることでした。
フィリッピンと沖縄を陥落させるころには、日本に軍事物資を送らせないための海上封鎖を中止することが出来ました。
我々が封鎖しているとき日本の敗北は確定的でした。
結局次のようになりました。
日本が降伏したときも300万の無傷の地上軍が残っていました(これは私が以前から知っていたことですが)。彼らは、我々が攻撃するだろう重要拠点に集合して戦うにも弾薬がないので、武器を捨てなければなりませんでした。彼らがいない場所を攻撃して、大勢の軍隊が賢明にも降伏しました。
太平洋上の島々で戦闘可能だった陸軍部隊は、いつも全部隊の3分の1を超えることはありませんでした。
私が主張するように、あの方法で封鎖し、日本の経済システム破壊したとき部隊を戦闘可能な状態に保つため必要な資力を供給することは不可能でした。それで彼らは降伏したのです。
さて、中国問題はよく似ています。ただし、中国には日本が持っていたような資産がありません。
関係国が参加すれば沿岸での封鎖は簡単です。
中国が兵站を頼れるのはソ連だけです。今朝話したように、ロシア(ヨーロッパ・ロシアですが)の工業地域からの鉄道はソ連の駐屯部隊を維持したり移動させるために精一杯です。そしてその精鋭部隊の状態を保つために輸送はどんどん増えているのです。
ソ連が共産中国に支援できることは非常に限定的です。だから、私の意見ですが、共産中国は通常の空軍、海軍を持つことが出来ないのです。自身ではできないし、ソ連は援助できません。
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以上「第5の質問」を‘掘り起こした’のは小堀桂一郎著『東京裁判 日本の弁明 「却下未提出弁護側資料」抜粋』(1995)ではないかと思う。
小堀はこの本の最後にいわば付録としてこれを取り上げている。
彼はここで『後に有名になった「日本の自衛戦争」証言』という表現を使っているが多分宣伝したのは彼自身だろう。
彼が引用しているのは上記の英文・邦訳で「************」で区切った前の部分(・・・largely dictated by security.)で、それ以降のThe raw materials—those は省略されている。
何故省略したかは彼に聞かないと分からないが、もしこの部分があると「日本の自衛戦争」証言などと云っても受け入れられないだろうからだと、私は思う。
小堀の『「日本の自衛戦争」証言』という言葉はその後独り歩きし、私のようなごく一部の者を除き、多くの右翼・保守派が金科玉条のごとく信仰することになった。
ごく最近の産経新聞記者の阿比留瑠比さんのブログでも
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現在のほとんどの教科書が「みんな日本が悪い」史観に染まっている中で、それに一石を投じる東京都の取り組みは評価できますね
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と書いているように、あの戦争における日本の戦争責任を、チャラにしないまでも、かなり和らげてくれるものとして有難がって受け入れているようである。
云うまでもないが、小堀などの主張の根幹には「自衛戦争は正当である、少なくとも悪いことではない」という原理がある。
マッカーサーは「自衛」という言葉こそ使っていないものの「security」すなわち「安全」と云っている、すなわち日本の安全を守るために戦争をおっぱじめた、イコール「自衛戦争」だった「ボクたち悪くないよ」という三段論法になる。
長い文章の一部を引用するときはその前後の脈絡や背景を抜きにすることは出来ない。
小堀が省略した「******」以下の部分がなくても、マッカーサーが日本の自衛戦争だったと認めたと理解することはかなり無理である。
『They feared that if those supplies were cut off,』(供給が途絶えることを恐れた)のはアメリカなどによる経済封鎖が原因である。「ABCD包囲網」などと呼ばれているものがそれであろう。(ちなみに「C」すなわち日本の侵略を受けていた中国が入っているのはまことに奇妙だ。)
現在の北朝鮮を思い起こしてみれば明らかだ。
現在北朝鮮は経済制裁を受け国民生活は困窮を極めている。そこで足りないものを(平和的な貿易によってではなく)戦争によって入手しようとしたら、彼らにとっては「自衛」すなわち、生きていくために必要だろうが、これはまぎれもなく侵略である。幸い北朝鮮は(制裁実施国に)戦争を起こしてはいないが、もし起こした時に「北朝鮮の自衛戦争だ」と肯定するバカがいるだろうか。
当時の制裁実施国アメリカが(仏印進駐や真珠湾攻撃を)日本の自衛戦争だった、などと「理解」を示すわけがない。
HICKENLOOPERは1950年代のマッカーサーによる中国封じ込め案について、それは第2次世界大戦中の日本に対する経済封鎖と同じ発想かと問い、マッカーサーはその通りです、答えている。
日本を締めあげた(これは戦争前の話)らネをあげて南方に資源を取りに行った、それを海上封鎖(戦争中の話)によって日本から奪い返した(reconquer)、これと同様に中国を叩こう、という趣旨であって、日本の自衛戦争だから日本は悪くないよ、などという結論が出るわけがない。


by syoon
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