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マッカーサー証言・・「日本の自衛戦争だった」と言ったのか?

2012/03/31 22:04

 

マッカーサー証言

 

昭和261951)年5月、アメリカ上院の軍事外交合同委員会で、ダグラス・マッカーサーが行った証言が‘再び’脚光を浴びている。

 

東京都が使用する教科書でこの証言が取り上げられたそうで、一部の人は大喜びである。

例えば

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渡部昇一・上智大学名誉教授の話「連合国から東京裁判の全権を委任されたマッカーサー自身が米議会で『日本の自衛戦だった』という趣旨の証言をしたことは、村山談話に象徴されるように東京裁判を背負ったままの日本にとって“超重大”であり、すべての日本人が知るべきことだ」

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ネット上でも概ね似たような反応が大部分で、そうでないのは極めて少ない。

しかし多ければ「正しい」少なければ誤り、というわけにはいかない。

 

その証言は「STRATEGY AGAINST JAPAN IN WORLD WAR 」(第2次世界大戦における対日戦略Ⅱ)というもので、かなり長くここでは全文を紹介することは出来ない。そこでさわりの部分だけを英文と拙い(間違いを含んでいるかもしれない)日本語訳を載せることにする。

 

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 STRATEGY AGAINST JAPAN IN WORLD WAR 

 

Senator HICKENLOOPER. Question No.5: Isn't your proposal for sea and air blockade of Red China the same strategy by which Americans achieved victory over the Japanese in the Pacific?

 

General MACARTHUR. Yes, sir. In the Pacific we bypassed them. We closed in.

You must understand that Japan had an enormous population of nearly 80 million people, crowded into 4 islands. It was about half a farm population. The other half was engaged in industry.

Potentially the labor pool in Japan, both in quantity and quality, is as good as anything that I have ever known. Some place down the line they have discovered what you might call the dignity of labor,  that men are happier when they are working and constructing than when they are idling.

This enormous capacity for work meant that they had to have something to work on. They built the factories, they had the labor, but they didn't have the basic materials.

There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm.

They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack a great many other things, all which was in the Asiatic basin.

They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.

*****************

The raw materials—those countries which furnished raw materials for their manufacture—such countries as Malaya, Indonesia, the Philippines, and so on—they, with the advantage of preparedness and surprises, seized all those bases, and their general strategic concept was to hold those outlying bastions, the islands of the Pacific, so that we would bleed ourselves white in trying to reconquer them, and that the losses would be so tremendous that we would ultimately acquiesce in a treaty which would allow them to control the basic products of the places they had captured.

 In meeting that, we evolved and entirely new strategy. They held certain bastion points, and what we did was evade those points, and go ground them.

 We came in behind them, and we crept up, and crept up, and crept up, always approaching the lanes of communication which led from those countries, conquered countries, to Japan.

 By the time we had seized the Philippines, and Okinawa, we were enable to lay down a sea and Navy blockade so that the supplies for the maintenance of the Japanese armed forces ceased to reach Japan.

 The minute we applied that blockade, the defeat of Japan was a certainty.

 The ultimate result was that when Japan surrendered, they had at least 3,000,000 of as fine ground troops as I have ever Known, that laid down their arms because they didn’t have the materials to fight with, and they didn’t have the potential to gather them at the points of importance where we would attack. We hit them where they weren’t; and, as a result, that magnificent army of theirs, very wisely surrendered.

 The ground forces that were available in the Pacific were probably at no time more than one-third of the ground forces that Japan had available; but, as I say, when we blockade that way, when we disputed their entire economic system, they could not supply the sinews to their troops that were necessary to keep them in active combat and, therefore they surrendered.

 

 Now, the problem with China is quite similar, only China has not got anything like the resource the Japanese Empire had.

 It would be easier to blockade them. A blockade along their coasts would be a very simple problem if all the nations joined in.

 The only other way in China can get logistical support is from the Soviet. As I explained this morning, that railroad that runs from great industrial centers of Russia, which are in European Russia, is already strained to maintain the garrisons they have there now; to place them in position—the increase of traffic that would be necessary to place them as predatory expeditionary army would be too great.

 There is very definite limit to what they can give to Communist China. That, in my opinion, is why Communist China does not turn up with an adequate air force and an adequate navy. She can’t build it herself, and the Soviet can’t get it out to her.

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第2次世界大戦における対日戦略Ⅱ

 

上院議員 HICKENLOOPER 質問 No.5 :共産中国を海と空からの封鎖すべしとのあなたの提案は、アメリカが太平洋で日本人に対する勝利を取得した際と同じ戦略ではありませんか?

 

マッカーサー大将 はい、議員。 太平洋で我々は彼らを迂回しました。 我々は包囲しました。

あなたは日本がおよそ8千万人という膨大な人口があり、4つの島にひしめいていることを理解しなくてはなりません。およそ半分は農民であり、他の半分は工場労働者でした。

日本が擁する労働力は潜在的に、量と質ともに、私が今までに知っていたことと比べてでも遜色はありません。

ずっと以前に彼らは、怠けているよりも働いて、建設しているときのほうが幸せであるという、いわば「労働の尊厳」なるものを知っていました。

 

この巨大労働能力は彼らが働くべき何かを持っていなければならなかったことを意味しました。 彼らは工場を建て、働く場所(または労働力)を持っていました、しかし原材料を持っていませんでした。

ほとんど絹産業以外日本に固有の産物は何もありません。

絹も、羊毛もない、石油も出ない、錫もゴムもない。その他非常に多くのものに欠けています、しかしそれらはアジアの海域あるのです。

彼らはもしそれらの供給が断絶されたなら、日本で10001200万人の人々が失業するだろうことを恐れました。 彼らが戦争を始めた目的は、従って、主として安全を確保するためでした。

*****************

原材料 工業生産のために原材料を供給する国々 マラヤ、インドネシアフィリピンなどですが 彼らは、それを確保すべく周到な準備と奇襲作戦で、それらの地に基地を設けました。彼らの一般的な戦略は、太平洋上の離島に要塞(拠点)を築くことでした。そこで、我々としては取り戻そうと言うわけです。しかし正面突破では犠牲が多すぎます。彼らが原料を日本に持ち帰ることはやむを得ませんでした。

 

こう事態に直面して、我々は全く新しい戦略を立てました。彼らの基地(拠点)は避け、そして彼らを地上にくぎ付けにすることでした。

 我々は彼らの背後に回りこみ、常に平坦線を目指し、慎重に、慎重に忍び寄りました。

 

フィリッピンと沖縄を陥落させるころには、日本に軍事物資を送らせないための海上封鎖を中止することが出来ました。

我々が封鎖しているとき日本の敗北は確定的でした。

 

結局次のようになりました。

日本が降伏したときも300万の無傷の地上軍が残っていました(これは私が以前から知っていたことですが)。彼らは、我々が攻撃するだろう重要拠点に集合して戦うにも弾薬がないので、武器を捨てなければなりませんでした。彼らがいない場所を攻撃して、大勢の軍隊が賢明にも降伏しました。

 

太平洋上の島々で戦闘可能だった陸軍部隊は、いつも全部隊の3分の1を超えることはありませんでした。

私が主張するように、あの方法で封鎖し、日本の経済システム破壊したとき部隊を戦闘可能な状態に保つため必要な資力を供給することは不可能でした。それで彼らは降伏したのです。

 

さて、中国問題はよく似ています。ただし、中国には日本が持っていたような資産がありません。

 

関係国が参加すれば沿岸での封鎖は簡単です。

中国が兵站を頼れるのはソ連だけです。今朝話したように、ロシアヨーロッパ・ロシアですが)の工業地域からの鉄道はソ連の駐屯部隊を維持したり移動させるために精一杯です。そしてその精鋭部隊の状態を保つために輸送はどんどん増えているのです。

 

ソ連が共産中国に支援できることは非常に限定的です。だから、私の意見ですが、共産中国は通常の空軍、海軍を持つことが出来ないのです。自身ではできないし、ソ連は援助できません。

 

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以上「第5の質問」を‘掘り起こした’のは小堀桂一郎著『東京裁判 日本の弁明 「却下未提出弁護側資料」抜粋』(1995)ではないかと思う。

小堀はこの本の最後にいわば付録としてこれを取り上げている。

 

彼はここで『後に有名になった「日本の自衛戦争」証言』という表現を使っているが多分宣伝したのは彼自身だろう。

彼が引用しているのは上記の英文・邦訳で「************」で区切った前の部分(・・・largely dictated by security.)で、それ以降のThe raw materials—those は省略されている。

何故省略したかは彼に聞かないと分からないが、もしこの部分があると「日本の自衛戦争」証言などと云っても受け入れられないだろうからだと、私は思う。

 

小堀の『「日本の自衛戦争」証言』という言葉はその後独り歩きし、私のようなごく一部の者を除き、多くの右翼・保守派が金科玉条のごとく信仰することになった。

 

ごく最近の産経新聞記者の阿比留瑠比さんのブログでも

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現在のほとんどの教科書が「みんな日本が悪い」史観に染まっている中で、それに一石を投じる東京都の取り組みは評価できますね

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と書いているように、あの戦争における日本の戦争責任を、チャラにしないまでも、かなり和らげてくれるものとして有難がって受け入れているようである。

 

云うまでもないが、小堀などの主張の根幹には「自衛戦争は正当である、少なくとも悪いことではない」という原理がある。

マッカーサーは「自衛」という言葉こそ使っていないものの「security」すなわち「安全」と云っている、すなわち日本の安全を守るために戦争をおっぱじめた、イコール「自衛戦争」だった「ボクたち悪くないよ」という三段論法になる。

 

長い文章の一部を引用するときはその前後の脈絡や背景を抜きにすることは出来ない。

小堀が省略した「******」以下の部分がなくても、マッカーサーが日本の自衛戦争だったと認めたと理解することはかなり無理である。

 

They feared that if those supplies were cut off,』(供給が途絶えることを恐れた)のはアメリカなどによる経済封鎖が原因である。「ABCD包囲網」などと呼ばれているものがそれであろう。(ちなみに「C」すなわち日本の侵略を受けていた中国が入っているのはまことに奇妙だ。)

 

現在の北朝鮮を思い起こしてみれば明らかだ。

現在北朝鮮は経済制裁を受け国民生活は困窮を極めている。そこで足りないものを(平和的な貿易によってではなく)戦争によって入手しようとしたら、彼らにとっては「自衛」すなわち、生きていくために必要だろうが、これはまぎれもなく侵略である。幸い北朝鮮は(制裁実施国に)戦争を起こしてはいないが、もし起こした時に「北朝鮮の自衛戦争だ」と肯定するバカがいるだろうか。

 

当時の制裁実施国アメリカが(仏印進駐や真珠湾攻撃を)日本の自衛戦争だった、などと「理解」を示すわけがない。

 

HICKENLOOPER1950年代のマッカーサーによる中国封じ込め案について、それは第2次世界大戦中の日本に対する経済封鎖と同じ発想かと問い、マッカーサーはその通りです、答えている。

日本を締めあげた(これは戦争前の話)らネをあげて南方に資源を取りに行った、それを海上封鎖(戦争中の話)によって日本から奪い返した(reconquer)、これと同様に中国を叩こう、という趣旨であって、日本の自衛戦争だから日本は悪くないよ、などという結論が出るわけがない。

 

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東京電力福島第1原発1号機の「溶融」事故

2011/03/12 22:04

 

 

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 誰も説明できないのか-。東京電力福島第1原発1号機で12日午後336分ごろ、大きな爆発が起きた。東日本大震災と大津波に続き、原発の建屋の外壁が吹き飛ぶという前代未聞の事態。放射性物質漏えいは、人体への影響は。募る疑問に国、東電とも、何も答えぬまま時間だけが過ぎ、危機意識の欠如をうかがわせた。

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 これは産経新聞の記事の一部である。私もこの福島原発の事故について大きな不信感を持った。

 

 

 そもそも・・・

 

 

 原発とはブレーキをかけながら核分裂を制御し、瞬間的ではなく反応を永続させることで核分裂の熱を蒸気に変え、発電する装置である。

 ブレーキとは「制御棒」のことだが、濃縮ウランを一定の間隔で配置し、その間に制御棒を置いて、あるレベル以上に反応が進まないようにし(下がらないようにもする)、そこで生じた熱を水蒸気に変えるわけだ。核分裂反応は「光速」とまでは行かないにせよ、相当な速度で進行する。

正常に働いておれば問題ないが、少しでも異常があったら相当なスピードで制御しなければ、たちまち核反応が爆発的に拡大する。従ってその制御は極めてデリケートであろうと(素人の私は)想像する。

 

 

さて、それでも異常は起こり得る。今回の地震などは不幸な外的要因だが、それも予め計算に入れておかなければならない。

 

 

今回の「事故」は次のようなプロセスで起こったと考えられる。

 

 

地震発生→制御棒挿入→核反応停止・発電ストップ

 

 

 

 

ここまでは問題ないが大事なのはこれからである。

 

 

ストップしても熱はすぐには下がらない。そのために大量の水を注入して冷却するのだが、水を送るポンプが動かなかった。そのため余熱で炉内の温度が徐々に上昇し燃料(濃縮ウラン)かそれを入れている容器がその熱に耐えられなくなって溶け始めたらしいのである。このときの熱は2800℃程度と思われる(TV報道による)。

これを「溶融melt down」という。これが起こると炉内のすべてのものが溶け始める恐れがある。そうなると制御不能になり、危険な放射性物質が広範にまき散らされる。

 

 

ここまででは「爆発」は起こらない。上記の記事は、密閉された炉内の温度が上がり過ぎ、水蒸気の圧力が高まり、壁を吹き飛ばすような「爆発」を指していると思われる。恐ろしいのは「爆発」ではなく、溶融である。

 

 

 

 

1979年の「スリーマイル島」(アメリカ)、1986年の「チェルノブイリ」(旧ソ連)はまさにそういう事故だった。もちろん原因は地震ではなく、お粗末な炉のせいである。

 

 

 

 

原発の存在及び地震発生を前提にすると、問題を拡大させたのは冷却用のポンプが動かなかったことである。

 

 

少しぐらいの放射能漏れは何とかなるが、メルト・ダウンは何としても避けなければならない。そしてそのためには制御棒挿入(これは今回は成功している)、冷却装置稼働が不可欠である。

だから問題は「何故冷却水を送るポンプが動かなかったのか」である。

 

 

素人考えだが、緊急事態に備えてポンプはいつでも動かせるようにしておかねばならないのに、出来なかったということは明らかに東京電力の過失である。

 

 

ポンプを動かすためには電力が要るが、これは原子炉停止により期待は出来ない。そうすると非常用の発電機が必要だが、そのためにはディーゼル発電機が必要で、その始動には電力が必要、つまりかなり大きなバッテリーがいつでも使えるように用意されていなければならない。

 

 

またポンプの機械が地震で壊れることもあり得るので、耐震構造の建物でこれを守っていなければならない。今回はこれが原因かもしれない。

 

 

 

 

要約すると、地震→バッテリーでエンジン始動→ポンプ稼働→冷却水

 

 

という一連の動きが止まったのである。

 

 

東京電力はこの重要な部分に「気を抜いていたのではないか」との疑問を否定できない。何年かに一度起こるかもしれない事故のために、バッテリー・エンジン・発電機などを「万全」の状態に保つことはカネもかかり、そのための社員(要員)も‘無駄な’部分と見做されるかもしれない。

 

 

 

 

地震の規模(強さ)が想定範囲を超えていた、などという言訳は通用しない。なぜなら事故が起こった時の損失(人的被害を含め)は「備え」のための費用をはるかに上回るだろうからである。

 

 

 

 

福島原発の事故は自然災害だけとは言い難い。人災の可能性もかなり高いと言わざるを得まい。

 

 

 

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尖閣諸島はアメリカに買って(守って)貰おう

2010/09/28 21:37

 

尖閣諸島での漁船衝突(侵入)事件は中国政府の強硬姿勢で日本政府は打つ手がなく、国民の心配は募るばかりだ。

ことここに至っては、民主党はもちろん自民党でさえ解決能力は、たぶんないだろう。このままいくと中国は行け行けどんどんで遂にはこの島を占領してしまうに違いない。

普天間とともに尖閣諸島に対し民主党は取り返しのつかない大失敗を犯したのである。

しかしこれを論っていても解決策のないままコトは進んでいく。

 

中国が軍艦を派遣し、「おれのものだ」と言い始める日はそう遠くはない。これを止める力はもちろん、気力さえ今の日本(特に民主党政権)にはない。

例えば自衛隊を上陸させよとの意見があるが、そんなことをしたら中国の思うツボで、待ってましたとばかり艦隊を差し向けるだろう。

尖閣が中国にかすめ取られたら、沖縄の小島も危うくなる。

先日旅行して感じたのだが、竹富島だったと思うが武装した人は警官だけで、しかも常駐ではないというのだ。ここへ中国の精鋭部隊が10人上陸したら、お手上げである。

悪いことに沖縄では先の沖縄戦の‘教訓’として「日本軍のいない所へはアメリカ軍は侵攻してこなかった。だから軍隊のいないことが平和だ」というとんでもない屁理屈がまかり通っている。

 

そこで思い付いたのが標題の件だ。

ずっと昔、何という本だったか忘れたが、何らかの危機が生じてアメリカがカナダを併合するというストーリーだった。

アメリカの施政下に入っておれば‘敵’も手を出せないだろう、というわけだ。

 

もし尖閣諸島がアメリカの一部となれば中国は簡単に手を出せない。

細かいルールは分からないが、ともかく安い値段(もしくは無料で)この島をアメリカに売る。名目は「委任統治」でも何でもよい。

条件として、転売はしない(するなら日本に限る)、漁業権などはアメリカの法律に従う・・等。

 

もし実現できたとして、これによる日本のメリット・デメリットを考えてみる。

中国に占領されるという最悪の事態を「0」、日本が完全に支配することを「100」とすれば、アメリカ領になることは「60 とか80」にはなる。ゼロよりはずっとましである。

またアメリカにとっても中国海軍が外洋に出ることをかなり封じ込めることが出来る。

 

日本にとって漁業権を独占はできない(というデメリットはある)が、現在でも中国漁船が違法操業している。だからそれほどの実害はない。むしろアメリカという傘の下で安心して操業できる。

 

突飛な考えでありそういうことがないことを祈るが、実際問題としてこういう方法でしか中国による占領を避けることはできないだろう。

軍事に対する拒否反応が今なお強い日本である。

この事件で少しは考えの変わった人もいるだろうが、簡単には「自主防衛」は出来ない状況である。残念ながら、アメリカに頼るほかないのである。

 

それにしても普天間の辺野古への移設が実現する直前に民主党が吹き飛ばしてしまったことは取返しのつかない愚行だった。代替地は辺野古しかなかったのに、それをパーにした。

私も先日辺野古を訪れたが、確かに美しい海がある。それを汚したくないという気持ちはわかる。一方海岸(埋め立て予定地)へ行く道の両側はかってバーが並んでいたようだが、今は閉まっていて寂れた風景だ。ここへ基地を造れば人々は集まってきて活気を取り戻すだろう。残念ながらこれが沖縄の現実らしい。

 

沖縄に人たちの基地を嫌う気持ちはわかるが、中国と対峙する最前線である、というより俄かにそうなってきたという現実を見つめ「基地撤去」が沖縄の安全を危うくすることを知ってほしい。

 

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「小沢よいしょ」人(びと)について

2010/09/14 21:58

 

大男総身に知恵が回りかね・・・「小沢よいしょ」人(びと)について

 

民主党代表選挙が終わり、菅さんが勝利した。

菅と小沢でどちらがよいかといわれても「どちらも良くない」と答えるしかなかった不毛の選択を強いられた国民(党員やサポーター)こそいい迷惑だ。ただ私としては、良くないなりにも「害が少ない」という意味では菅さんでよかったと思う。

 

さて新聞社などの世論調査では菅さんが圧倒的に強かったが、ネットの世界では逆に小沢圧勝だったらしい。「らしい」というのは私が確かめたわけではないからだが、例えば「きっこの日記」というブログがあり、「民意は小沢支持」というタイトルで【マスコミが思ってるほど国民はバカじゃない。インターネット上の世論調査やアンケート結果がハッキリと示してるように、菅さんが官僚の飼い犬に成り下がったってことも、小沢さんが国民の手に主権を取り戻すために立ち上がったってことも、7割以上の国民はちゃんと分かってる。】と述べている。( http://www3.diary.ne.jp/user/338790/ )

 

国会議員票では両者ともほぼ同数だったが、党員・サポーターの票は圧倒的に菅支持。つまりマスコミが報道した支持率の通りだった。

 

なぜこういうことが起こるのか?

証明することは無理であくまでも私の‘勘’でしかないが、熱心な「ネット人(びと)」にはいささか、あるいは大いに狂っている人が多い。

 

きっこの他にも植草一秀も小沢信者だ。( http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/ )

彼は女の子のスカートの中を見たくてミラーを使って捕まった「ミラー・マン」であり、未だに「おれは無実」とほざいている。その上「悪徳ペンタゴン」というフレーズが盛んに出てくる。

自分の意見に反対の人は悪徳ペンタゴンの手先だ、ということらしい。ペンタゴンとは言うまでもなくアメリカ国防総省のことで、なぜ出てくるか頭をかしげるばかりだ。

 

しかしこのブログは非常に人気があるようで、私が見る範囲では「人気ブログ」の2位か3位に収まっている。つまりこういういささか‘奇妙な’人に大変人気があるのだ。

繰返すがカンでしかないが、ネットアンケートに「小沢」と入れた人々はこういう連中であり、それこそ国民の世論を正確に反映しているとは思えない。

 

きっこさんも偉そうなことを宣(のた)まわっているが、石原都知事の言うように永田町やきっこさんの頭は世論とは随分とかけ離れている、としか言いようがない。

 

民主党は昨年の選挙で大勝した。それは結構なことだったが、頭(リーダー)はその大きな体には相応しくなかった。「総身に知恵が回りかね」た、のである。この欠陥は未だに直っていない。

沢山の議員を抱えながら頭は使いさらしの人物しか見えてこない。その上ただ単に図体が大きいだけで、司令塔が曖昧なためどっちに向かって行ったらよいかわからない状態だ。

 

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小沢氏とカネ

2010/01/18 21:56

 

 

【不可解な小沢サイド】

 

小沢さんの金について検察との攻防が続いている。

事件はややこしい、というより(小沢さんの陣営は)素人には分かりにくいカネの流れを人為的に作ってきたからだろう。

 

新聞報道は要点をはっきりとは書かない。

下手に書くと訴えられる恐れや、嫌がらせを受けるのではないかとの懸念があるからだろう。

下衆のかんぐりで述べれば、西松建設などの企業から集めた金で世田谷の土地などを買ったのではないか。

 

一般に自分の金で何を買おうと自由(勝手)であり、とやかく言われる筋はない。

例えば私が10万とか100万とかのカネで何か(テレビなど)を買ったとしても、税務署から金の出所を問われることはない。しかし、1億円のカネを動かしたら必ず出所を聞かれる。

それは出所の不明なカネ(犯罪がらみなど)の場合もあり、原則として(個人と団体とを問わず)入り口と出口を明瞭にすることが求められる。特に税金に関してそうである。

 

特に政治家にはそれが強く求められる。

小沢さんが世田谷の土地などをどういうカネで買ったのか、はっきりさせる必要がある。検察が躍起になるのは多分、そのカネが企業献金によるのではないか、と思っている(あるいは証拠らしきものを掴んでいる)からだろう

 

先の記者会見で小沢さんはこの件に対する質問について、「関連する質問を全部出してください」と言っておきながら「この件は検察の何とか・・。今は答えない」と人を馬鹿にした対応をした。

やましいところがなければ堂々と「出入り」を説明すればよいのだが、多分出来ないのだろう。

小沢さんの態度は許されるべきではないが、記者諸君も情けない。答えるフリをしながらはぐらかしたことに厳しく抗議すべきなのだ。記者だけの問題ではない。国民もそれを知りたいと思っている。マスコミはその期待に答えなければならない。

しかし小沢さんはマスコミに深い不信感を与えた。

記者諸君はこの不実を忘れるべきではないだろう。小沢さんのいわば「禁じ手」は一度は通用しても二度と使えないし、使わせるべきではない。そうならば記者は笑いものになる。

 

案の定というかここ数日でマスコミの論調が小沢さんに厳しくなっている、という。

民主党に‘好意的’と思われてきた朝日新聞さえ、小沢批判に転じたらしい。

 

この文章を書いている間にも事態はどんどん進んでいる。

テレビでは東京地検による石川衆議院議員の「取調べ・逮捕」を報じている。

小沢さんに不利な資料が次々と現れる。

小沢包囲網は次第に縮まってきている。

ここまできて、もし逮捕あるいは起訴に持ち込むことが出来なければ検察の威信は地に落ちる

これは単に検察の権威・威信だけの問題ではない。日本の「法の支配」の権威にかかわる。

 

愚かにも小沢さんは少なくとも二回検察にケンカを売った。

一度目は西松建設にかかわる献金問題で「国策捜査」と述べた。

もう一度は世田谷の土地取引での任意の事情聴取に応じなかったこと。応じなかった理由として「多忙」を理由にしながら碁を打っていた。

これらが検察を激怒させたことは想像に難くない。

 

【小沢さんとカネ・・・検察のリーク?】

 

ネット上では今回の件について「検察のリーク」を非難する声が幾つかある。

例えば、山崎行太郎さんのブログ( http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/ )では次のように書いている。

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検察のリークを元に「攪乱情報」を垂れ流すマスコミは、東京地検特捜部とグルになって、おそらく某国のシナリオに基づいて、「民主党政権潰し」と「小沢一郎抹殺」を画策しています。マスコミの垂れ流す情報は信用できません。東京地検特捜部と新聞・テレビのマスコミ、テレビ芸人たちは、某国の指図どおりに動く奴隷根性の染み付いた操り人形にすぎません。

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なお、これは「阿修羅」という掲示板 ( http://asyura.com/10/senkyo77/msg/520.html)よりの引用である。

 

また「きっこの日記」でも( http://www3.diary.ne.jp/user/338790/ )「検察が石川議員に自白を強要」という見出しで、

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・・・また、取り調べをしている特捜部が「石川容疑者の供述」として外部のマスコミに事実無根の内容をリークし続けている疑惑に対して、有識者の間からは東京地検の佐久間達哉特捜部長を国家公務員法違反の容疑で刑事告発する動きも起こっている

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と、あたかも特捜が不当行為を行っているかのような発言をしている。

 

全くのお笑い種である。

検察がリークして、それをマスコミが引用していることは明らかだが、検察のリークが問題なのではない。

問題は小沢・民主党側の‘リーク’不足である。

 

松本サリン事件で最初疑われた河野さんは「反論」や弁明の機会を与えられないまま警察の発表やリークで、犯人に仕立て上げられそうになった。

しかし今回は、小沢さんも民主党も反論や説明の機会はいくらでもあり、可能なのである。

「きっこの日記」の「石川容疑者の供述」にしても、これが嘘だというのなら「事実はこうです」と反論すれば済むこと。

 

しかし残念ながら小沢さんは「俺はやましいことをしていない」と言うだけで、いくつか報じられている疑惑について納得できる説明をしていない。

 

反論・説明できる(あるいは、しなければならない)立場にありながらそれを怠っているとしか思えない小沢・民主党側に責任がある。

そういう単純な事実を無視しての「検察のリーク」云々は物笑いの種になるだけだ。

 

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民主党による「天皇の政治利用」を批判できない右翼

2009/12/14 21:38

 

 

おそらく小澤幹事長と思われるが、民主党宮内庁1ヶ月前」ルールを無視して中国の習副主席と天皇との会談を強引に実現させた。

1ヶ月前」ルールというのは単なる手続きであってそんなにシャカリキになる必要のない事柄だ。しかしルールとして時の政府(自民党政権)のみならず、殆どの人が当然だとして異論を唱えなかったのだから、これを守るのが法的にも、道義的にも当然だろう。

 

このようなデリケートな問題にもかかわらず、ウヨク側の反応はいまひとつである。

それは何故か?

簡単だ。彼らは現行憲法を否定しているからだ。

「天皇の政治利用」という概念そのものが現行憲法の規定であって、旧明治憲法にはなかった。

 

そもそも現行憲法否定「論」には二通りある。

一つは手続きについてである。

簡単にいえば「たとえまったく同じ条文であっても一度廃棄し、改めて国会で決めるべきだ」という議論。これは比較的他愛がない。

 

もう一つは内容がけしからんというものだ。

私は「第九条」は改めるべきだ、という意見だが彼らは違い、極端に言えば(明言はしていないかもしれないが)天皇を頂点とする旧憲法体制を‘理想’としているようだ。

右翼(の一部だが)にとって敗戦に伴うアメリカGHQ)の政策(とりわけ極東軍事裁判や憲法)そのものが違法というか気に食わないのである。

そして現在の「天皇の政治利用禁止」はまさに現行憲法の中心概念の一つなのである。

だから、多分彼らにとって「天皇の政治利用」という概念そのものを受け入れたくないのだろう。

 

例えば、『チャンネル桜』の掲示板では「桜掲示板運営管理室」が次のように述べている。

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「特例措置」と称していますが、単に中国への隷属外交と言うだけでなく、我が国の皇室の尊厳を貶め、天皇陛下に対する許し難い「不敬」「無礼」であり、私達は日本国民として、この売国行為や皇室不敬行為を見過ごすわけにはいきません。

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つまり憲法違反としてではなく(口が裂けても憲法違反などとは云わないだろう)「不敬」と受取るのである。

戦前の政府や軍部が天皇の名において無謀な戦争を始め、多くの国民・諸外国の人々に多大の犠牲を強いたことについての慮りは皆無なのだ。

仮に「1ヶ月前」ルールに則って習副主席と会見されても「不敬」というだろう。

私は習とのご会見には賛成しないが、ルールに従って行われるなら、反対する理由がないだろう。

 

つまりこの「習・天皇会見」の基本的な問題点を捉えきれずにいる。

だから例えば、中国ではなく彼らの尊敬する人物がこういう「横槍会見」を設定したら、賛成するだろう。

 

一方民主党の小澤幹事長は記者会見で「憲法では内閣の助言と承認によって国事行為を行う、とある。(今回の件は)これに従っている。何が悪い」と開き直っている。

こういうことを言い出せば、内閣が「○○をしていただきます」と決めたら天皇はそれが何であっても実行しなければならない。

「天皇の政治利用禁止」というのは、天皇は一切の政治的な行動を禁止しているのではない。

そもそも政治に100%無関係、などということはありえない。

例えば(地震などの)被災地に行かれるのでも、そのときの政府をバックアップする、といえないこともない。

 

そうではなく、特定の勢力(政治権力)の利害に関わることをしてはならない(そういう行為を天皇にお願いしてはならない)という意味であり、そのためにはすべての勢力から中立、というより等距離にあるべきだ、というのが趣旨なのだ。

上に挙げた被災地ご訪問について云えば、どんな政府でも被災地の救援や復旧は行なうから政治的に中立なのである。

 

民主党は超えてはならない一線を越えてしまった

こういう(小澤式)論理がまかり通ったなら、日本は大変なことになる。

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夫婦別姓

2009/10/02 22:26

 

 

阿比留瑠比さんのブログ

http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1249889/ 

から・・・・

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 実にありがた迷惑なことに、千葉景子法相と福島瑞穂少子化相がとても張り切っています。昨日は、福島氏がわざわざ法務省に千葉氏を訪ね、夫婦別姓法案の早期提出を目指すことで一致したほか・・・・

 

 夫婦別姓については、特に働く女性から要望が強いことは承知していますし、私の周囲(社内)の女性からも、それを望む声があります。ただ、私は個人的な体験もあり、これには慎重です。この問題は、大人の側の論理ばかりが強調されていて、子供の視点が欠け落ち気味だとも感じています。

 

 

 夫婦別姓が導入されると、当たり前のことですが、子供は父親と母親のどちらかとは違う姓になります。「だからどうした、別に構わないではないか」という意見も当然あることでしょうが、この単純な事実に意外と気づいていない人も、けっこういるように思います。民主党案では、複数の子供が別々の姓を選ぶことも可能なので、親子、兄弟の姓がバラバラということもありえますね。事実婚で夫婦別姓を実践している福島氏は「夫婦別姓で家族の絆が弱まることはありえない」と言い切っていますが、たとえ福島家ではそうであっても、社会全体ではどうでしょうか。私は疑問に思います。

 

 

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阿比留瑠比さんは子供の立場を取り上げているが、夫婦別姓法案の趣旨を‘是認’すると仮定して、更に‘掘り下げて’見よう。(以下、A、B、C、Dは姓である)

 

現在は、夫Aと妻Bが結婚して通常はAという姓を名乗る(いわゆる養子ではBになることもある)。なお、姓と苗字とは違いはないものとする。

 

ところが夫婦別姓も可能、になるとどういうことが起こりうるだろうか。

 

子供の姓はAでもBでもよいらしいから、兄弟姉妹で姓がAとBに分かれることがある。兄弟が何人いても親元に住む(今は住まない場合が多いが)のは一人だから、ここではAでもBでもかまわない。

かりにAとしておく。息子のAが成人しC(という姓の女性)と結婚し、別姓を選べばこの家庭にはA、B、C3つの姓が同居することになる。更に、その子供はAまたはCとなる。

おじいさんAの同居する内孫は別の姓を名乗ることになる。

 

もう一つ、子供Aが親の暴力に晒されるような場合に起る問題点を考えよう。

子供は場合によっては両親を恨むだろう。

「こんな酷い親を持って情けない。だから姓はAもBイヤだ。第3の姓Dにしたい」と言い出したらどうなるか。

荒唐無稽と思われるかもしれないが、「子供の権利条約」には12条に「自由に自己の意見を表明する権利を尊重しなければならない」、また14条には「思想・良心・宗教の自由尊重」を謳っている。

 

親から頻繁に暴力を受ける子供だけではこういう‘悪知恵’は働かないだろうが、入れ知恵をする大人も現れないとは限らない。マスコミにも取り上げられ、子供の権利を悪用することで有名になろうとする‘利口者’もいる。

この場合はもともと家庭は崩壊してるからどうなっても変わりないだろうが、そもそも現行の制度(習慣)においても子供は親と同姓でなければならないという法律はあるのだろうか?

子供が親と同じ姓である、というのは法律に書くまでもなく当然の話だ。

つまり第3の姓を求める子供が出てきても、これを否定する法的根拠はあるのだろうか。

 

ひょっとするとこういうロクでもない議論が交わされる日が来ないとも限らない。

 

阿比留瑠比さんのブログのコメントには「大昔から日本では夫婦同姓だった」とか、上で触れた「姓」と「苗字(名字)」とはもともと違うのだ、とかいう意見が出ている。

江戸時代末期までは姓のない百姓はたくさんいたし、僧侶にも姓はなかった。

平安時代はいわゆる「通い婚」、女性のもとへ男が通った、だった。

あまり歴史を根拠にしないほうがよい。

 

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八ツ場ダム建設中止は選挙公約どおりで当然のことだ

2009/09/27 22:13

 

 

民主党内閣になって、前原国交大臣は八ツ場ダム建設中止を宣言した。

このダムは50年も前から計画され、今に至るも完成していないという、いわくつきの工事である。

私は、前原大臣あるいは民主党が、その公約通り建設を中止するのは当然であると考える。

民主党八ツ場ダムを「無駄な公共事業」の象徴的存在と看做しているようで、もし中止という決断が揺らぐならば、民主党への期待は大幅に落ちるだろう。

 

そもそも「八ツ場ダム建設中止」というマニフェスト、あるいは選挙公約を掲げて選挙に勝って政権党になったのである。同党としては「公約通り中止します」と宣言して何ら問題はない。

地元の首長だったか「地元に相談なしに(中止を)決めるのはけしからん」と云っているようだが、これもおかしな話だ。選挙中に「中止する」と宣言してきたわけで、地元に文句があれば(投票前に)けしからん、考え直せと声高に主張すべきだった。

民主党にとってダム建設を続けるか中止するかの選択肢があるとすれば「中止」が優先されるのは当然であり、これは基本的には「証明」を必要としないのである。

逆に「継続」を求めるなら「続けなければならない」ことを証明する必要がある。

もっとはっきりいえば、継続させたいのなら民主党を勝たせてはいけなかったのである。

 

もちろん、民主党でも自民党でも政権をとっても公約どおりに出来るとは限らない。

公約に反することや、あるいは公約に謳っていないことでもやらなければならないことはたくさんある。

しかしそのことはダム建設について(民主党政権は)継続派のいうように白紙でなければならない、という理由にはならず、政策実行の決定権は政権党が担っていることを忘れているような議論はまことに遺憾である。

 

話はそれるが、民主主義は人に優しい制度だと思っている人がいるとすれば、これはとんでもない間違いである。「優しい」という部分ももちろんあるが、究極的には多数意見が少数意見をねじ伏せる、極めて厳しい、ある意味残酷な制度であることを忘れてはならない。

多数意見にとってはありがたいことも、少数の反対派にとっては厳しい結果になる。

国政選挙というある意味で民主主義最高の選択の機会が(国民に)与えられ、ダム中止を公約に掲げた民主党が勝利した。

従ってその公約に従ってダム中止という政策を実行に移すのは民主主義の原則に従っている。

 

私は民主主義が悪いといっているのではない。

残酷な側面があるといいたいだけで、これに代わる制度がない以上民主主義は最高の意思決定制度である。

 

もう一つの懸念は、継続した場合の建設費の問題である。

当初予算は2,110億円で途中で4,600億円に跳ね上がった。そして現在その7割以上が支出されている。「だから、いま中止するのは逆に無駄遣いだ」という意見がある。

しかしよく見ると、既出の金は主にダム周辺の工事や立ち退き費用などに使われており、ダム本体の建設は手がつけられていない。予算はあと1,200億円ほどしか残っていないらしいが、それだけでダム本体の建設は可能なのか。私はもう少し具体的な数字を示してほしいと思う。

 

話し変わるが、すったもんだの末完成し、稼動を始めた「徳山ダム」だが、水余りで当初の計画とは異なり利用先が少なくなっている。

名古屋市の河村市長はダムから木曽川への「導水路」計画に参加しないなどと言い出した。これも(名古屋市長選の)公約だった。

八ツ場ダムの工事を継続したとして、近い将来「需要がない」という理由でダムの水を利用しない自治体が出てくる可能性も大いにある。

 

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戦争の語り部と思考停止

2009/08/16 22:10

 

戦争の語り部と思考停止

 

終戦(敗戦)の時期になると戦争の「語り部」が活躍する。

語り部の殆どが空襲を受けて恐ろしい目にあった、たくさんの人が死んだ・・・だから「戦争は絶対にしてはならない」という結論で終る。

 

注意すべきことだが多くの語り部は、‘あの(先の)’戦争ではなく、‘すべての’戦争を否定していることだ。

語り部をはじめ多くの日本人が塗炭の苦しみを舐めたのは(近代においては)、‘あの’戦争だけであって、‘すべての’それではないのに、なぜか‘あの’(特定の)から‘すべての’に飛躍してしまう。

 

明治維新以降いわゆる「大東亜戦争」までの日本の対外戦争では「軍隊対軍隊」の戦いで、日本人庶民が巻き込まれたことはない。おそらく敵弾が近くを飛んだという記憶もないだろう。

ところが先の戦争では、敵の銃弾どころか大きな爆弾が大空から降ってきて、目の前で爆発し多くの人々を殺した。こういう経験は、大袈裟でもなんでもなく、史上初めてのことだった。

何故かというと、それまでの戦は勝ち戦であり、しかも戦場が日本国内ではなかったからだ。戦争とは他の国で兵隊同士が殺しあうことでしかなかった。

しかし空襲で「戦争とはこんなものだったのか」とはじめて思い知らされたのである。

 

しかもこの空襲が余りにも酷くて・・・特に原爆はそうだった・・・「あの」と「すべての」とを混同してしまった。これはある意味しかたがなかったとはいえ、明らかな「思考停止」である。

現在でもこの「思考停止」は変わっていない。

だからソマリア沖の海賊対策でさえ「戦争行為に繋がる」などといって反対する勢力がいる。

 

戦争より平和の方が良いに決まっている。

どんな戦争好きでも平和より戦争の方がよい、などとは言わないだろう。

すべての戦争が悪いのではない。

武力を行使したり、ちらつかせることによって戦争を早く終らせたり、未然に防ぐことが出来ることもあるのだ。

 

また「日本さえ戦争をしなければ世界は平和だ」などと(事実上)主張するバカもいる。

北の将軍が戦争ごっこをしていても、日本の方が危険なのだそうだ。

 

なるべくなら戦争などしないほうがよい。

しかし、どうしても避けられない場合もある。

 

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著名人による大東亜戦争の(プラス)評価

2009/07/28 22:28

 

私が上の拙文(山崎行太郎氏のトンデモ歴史観)を別のブログ、

新現役ネット、コミュニティー・ルーム

http://www.shingeneki.com/cgi-bin/community/c-board.cgi?id=3 

にも書いた(表題は「西田幾多郎の大東亜戦争聖戦論」。またHNはvagabond)ら、早速(多分)‘反論’らしきものがあった。

そこでは日本の大東亜戦争を‘高く’評価している世界の著名人の言葉が引用してあった。

ここではその最初にあげられているトインビーを取り上げよう。

---------------------------------------------(初めの部分の引用開始)

大東亜戦争の評価  町田のウルマン  - 09/7/27() 16:54 - 

 

   世界は大東亜戦争をいかに評価しているか

自存自衛と大東亜の解放を掲げて戦われた日本の戦争は、アジア諸国民や各国の識者からどのように受け止められているのだろうか。

 

英国 アーノルド・J・トインビー 歴史学者

第二次大戦において、日本人は日本の為と言うよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々の為に、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。

日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、。

(1956年10月28日/英紙『オブザーバー』)・・・(以下略)

---------------------------------------------(引用終)

トインビーが本当にこのような発言をしただろうかと、キーワード「トインビー 大東亜戦争」でネット検索をかけたら同じ引用がわんさと出て来た。

しかしこれ以上の資料はなく、もちろん反論もなかった。おそらく調べようがないからであろう。

 

私は、たとえこのような言葉があったとしても、全体の文脈や発言の趣旨からは彼はこのような日本擁護をしてはいないのではないか、と思うようになった。

どなたかご教示を願えれば幸いである。

なお、この新現役ネットでは私は「マッカーサー証言」についてのデタラメさについても詳しく書いた。

 

何故、‘トインビーが日本を擁護した’は成り立たないのか、以下にその理由を述べる。

 

1.  当時(1941年ごろ)日本はドイツイタリアと『三国軍事同盟』を結んでいた。実際の軍事協力がどの程度であったかはよく分からないが、少なくとも国際政治の上では極めて重要な(つまり悪質な)軍事同盟だった。

国際社会では日本の戦争も、ヨーロッパでの戦争も「一つの戦争」として捉えられている。

一方トインビーはナチス・ヒトラーに対して極めて批判を行っている。要するにナチス嫌いだった。

日本による戦争は‘高く’評価し、ナチス・ドイツによるそれは厳しく非難する・・・・などということはまったく矛盾する行為であり、高い知性の持ち主であったトインビーがそのようなへまをやるはずはない。

 

2.  トインビーは、

「アジアとアフリカを支配して来た西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある」

と書いている(そうだ)が、いわゆる支那事変を含む大東亜戦争で日本の主敵はアメリカだった。(アジア・アフリカを支配して来た西洋人の主力たる)英・仏・蘭も敵だったが、その比重は少なかった。

支那事変における日本の主敵はいうまでもなく中国(当時の中華民国)であったが、日本の主敵たるアメリカは何のことはない、中国の最大の支援者だった。アメリカ中国を助けたのみならず、植民地フィリッピンに於いても日本軍に占領されたこの地の解放をフィリッピン人と一緒になって戦った。

この戦争によって英・仏・蘭はアジアでの力を弱めたが、アメリカは逆に強めた。もう一つ力を強めたのは1956年当時は共産勢力だった。

 

トインビーのような‘評価’も出来ないことはないが、かなり苦しい。

 

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